なぜ保育のコンディショニングが必要なのか
保育分野の業務改善にありがちで残念な事例
◆ICTを導入したのに、事務負担はむしろ増えた
◆ドキュメンテーションにもプロジェクト・アプローチにも取り組んでいるのに、保育の質が上がったような気がしない
◆行事や制作物をなくそう、縮小しようと提案したが、現場からの反対にあった。せっかく業務の負担を減らそうとしているのに。
◆賃金水準も年次有給休暇の消化率も上がったけど、離職率は下がらない。
かつて、保育所といえば(特に民間施設では)サービス残業や持ち帰り仕事が横行する、ブラックな労働環境が当たり前の職場と見られていました。
残念ながら、今もその残滓は色濃いのですが、改革に取り組む施設も決して少なくはありません。
しかし、冒頭に列挙したような、改善の取り組みが空回りしてしまう事例は、実は珍しいことではありません。
こうした「ありがちで残念な事例」の背景に潜んでいるのが、保育のコンディションに関する無理解だと、私は捉えています。
保育のコンディショニングの3要素
◆子どもにとっての安全で豊かな生活環境(実践(プロセス)の質)
◆職員にとっての働きやすさ(条件の質、労働環境の質)
◆施設管理者にとっての運営の安定(職員確保、職員のエンゲージメント、園児の確保、保護者との良好な関係構築)
上記の3つの要素を、従来はトレードオフ(何かを得ると別の何かを失う、相容れない関係)と捉えるのが一般的でした。
つまり、「子どもにとっての安全で豊かな生活環境を追求すれば、職場はブラック化するし、職員の処遇を向上させれば施設の経営は苦しくなる」という、いわば綱引きのような関係という認識です。
綱引きではなく、トラス構造
私はここに疑問を持っています。これら3要素は、実は互いに支え合うトラス構造のような関係なのではないでしょうか。
働きやすい職場を作る→保育の実践の質が向上する、という関係は理解しやすいと思います。
また、質の高い実践を長年継続できている職場では、保育の質が向上する→職員が成長実感を得る→職場へのエンゲージメントが上がる、という好循環が起きているのであろうことも想像できます。
そして、施設の運営が安定していることが、人員を確保し、環境の整備や人材育成にコストをかける上で重要なのもまた事実です。
しかし、それらのバランスを調整できず、歪な状態に気づかないまま、ICTを導入したりドキュメンテーションに取り組んだりしても、ひずみが大きくなるばかりで本来の効果は期待できません。
左上の図のように、保育の質を犠牲にした状態では、いくら賃金水準を上げたり休暇を取りやすくしても、保育者は働き甲斐を得られず、職場へのエンゲージメントは高くなりません。
また、右の図のように労働環境を犠牲にして、保育の質を保とうとするのは典型的なブラック職場ですので、離職率が上がるのは間違いないですし、不適切な保育を招く恐れすらあります。
そして、左下の図のように施設運営を犠牲にして、労働環境と保育の質の両立を図っても、そう遠くない将来に破綻することは想像に難くありません。
その一方で、この3要素のバランスがしっかりと取れている職場は、その基礎に根付くように外部との関係を構築できるので、連携・接続も容易になります。
保育のコンディショニングが導くさらなる効果
実践の質が高く、労働環境も良好な施設は、保育者等養成施設との間に容易に信頼関係を構築できることでしょう。それは養成校教員の研究分野などを経由して、保育実践の中にいただけでは出会えなかった周辺領域への窓口を開くかもしれません。
また、施設の運営が安定し、実践の質も高い施設は、行政からの信頼も厚くなることは間違いありません。行政・地域社会との関係性の向上は、地域の社会資源を有効に活用するための土壌作りとなる可能性を秘めています。
近年、注目を集めている、ICT活用、ドキュメンテーション、プロジェクト・アプローチなどを、自園の現時点での保育のコンディションを確認しないまま取り入れても、おそらく本来の効果を発揮することはないでしょう。
子どもの最善の利益の保障や、働きやすい職場づくりを目指すのならば、施設運営の安定まで視野に入れた保育のコンディショニングが重要です。
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