BLOG

保育分野の業務改善にありがちで残念な事例

◆ICTを導入したのに、事務負担はむしろ増えた

◆ドキュメンテーションにもプロジェクト・アプローチにも取り組んでいるのに、保育の質が上がったような気がしない

◆行事や制作物をなくそう、縮小しようと提案したが、現場からの反対にあった。せっかく業務の負担を減らそうとしているのに。

◆賃金水準も年次有給休暇の消化率も上がったけど、離職率は下がらない。


かつて、保育所といえば(特に民間施設では)サービス残業や持ち帰り仕事が横行する、ブラックな労働環境が当たり前の職場と見られていました。

残念ながら、今もその残滓は色濃いのですが、改革に取り組む施設も決して少なくはありません。


しかし、冒頭に列挙したような、改善の取り組みが空回りしてしまう事例は、実は珍しいことではありません。

こうした「ありがちで残念な事例」の背景に潜んでいるのが、保育のコンディションに関する無理解だと、私は捉えています。


保育のコンディショニングの3要素

◆子どもにとっての安全で豊かな生活環境(実践(プロセス)の質)

◆職員にとっての働きやすさ(条件の質、労働環境の質)

◆施設管理者にとっての運営の安定(職員確保、職員のエンゲージメント、園児の確保、保護者との良好な関係構築)

上記の3つの要素を、従来はトレードオフ(何かを得ると別の何かを失う、相容れない関係)と捉えるのが一般的でした。

つまり、「子どもにとっての安全で豊かな生活環境を追求すれば、職場はブラック化するし、職員の処遇を向上させれば施設の経営は苦しくなる」という、いわば綱引きのような関係という認識です。

綱引きではなく、トラス構造

私はここに疑問を持っています。これら3要素は、実は互いに支え合うトラス構造のような関係なのではないでしょうか。

働きやすい職場を作る→保育の実践の質が向上する、という関係は理解しやすいと思います。

また、質の高い実践を長年継続できている職場では、保育の質が向上する→職員が成長実感を得る→職場へのエンゲージメントが上がる、という好循環が起きているのであろうことも想像できます。

そして、施設の運営が安定していることが、人員を確保し、環境の整備や人材育成にコストをかける上で重要なのもまた事実です。

しかし、それらのバランスを調整できず、歪な状態に気づかないまま、ICTを導入したりドキュメンテーションに取り組んだりしても、ひずみが大きくなるばかりで本来の効果は期待できません。

左上の図のように、保育の質を犠牲にした状態では、いくら賃金水準を上げたり休暇を取りやすくしても、保育者は働き甲斐を得られず、職場へのエンゲージメントは高くなりません。

また、右の図のように労働環境を犠牲にして、保育の質を保とうとするのは典型的なブラック職場ですので、離職率が上がるのは間違いないですし、不適切な保育を招く恐れすらあります。

そして、左下の図のように施設運営を犠牲にして、労働環境と保育の質の両立を図っても、そう遠くない将来に破綻することは想像に難くありません。

その一方で、この3要素のバランスがしっかりと取れている職場は、その基礎に根付くように外部との関係を構築できるので、連携・接続も容易になります。

保育のコンディショニングが導くさらなる効果

実践の質が高く、労働環境も良好な施設は、保育者等養成施設との間に容易に信頼関係を構築できることでしょう。それは養成校教員の研究分野などを経由して、保育実践の中にいただけでは出会えなかった周辺領域への窓口を開くかもしれません。

また、施設の運営が安定し、実践の質も高い施設は、行政からの信頼も厚くなることは間違いありません。行政・地域社会との関係性の向上は、地域の社会資源を有効に活用するための土壌作りとなる可能性を秘めています。


近年、注目を集めている、ICT活用、ドキュメンテーション、プロジェクト・アプローチなどを、自園の現時点での保育のコンディションを確認しないまま取り入れても、おそらく本来の効果を発揮することはないでしょう。

子どもの最善の利益の保障や、働きやすい職場づくりを目指すのならば、施設運営の安定まで視野に入れた保育のコンディショニングが重要です。

保育のコンディショニングとは、次に挙げる3つの要素が高い次元でバランスを取れるように調整・調節することです。

◆子どもにとっての安全で豊かな生活環境(実践(プロセス)の質)
◆職員にとっての働きやすさ(条件の質、労働環境の質)
◆施設管理者にとっての運営の安定(職員確保、職員のエンゲージメント、園児の確保、保護者との良好な関係構築)

上記の3要素は相互に強く影響を与え合う関係であり、どれか一つ(あるいは二つ)を優先し、他を犠牲にする状態を長く維持することはできません。

ないがしろにされた要素は全体の関係性に歪みを生じせしめ、必ず他の要素にも悪影響を与えます。


保育コンディショニングラボ設立の目的

保育コンディショニングラボは、前述した3要素のバランスを大きく崩すことなく各々の質の向上を図る上で必要になる、知識( knowledge )、技術( skill )・手法( method )、意識・精神( mind )などについて研究し、そこで得た成果を共有していくことを目的にしています。


前回のブログ(コミュニケーションのコストについて考えてみよう)で、「実は、人員の増強はコミュニケーションコストを上げてしまう」と書きました。

今回は、その理由について書いてみます。

今回のちょっとカッコイイ表題は、『銀の弾などない-ソフトウェアエンジニアリングの本質と偶有的事項( No Silver Bullet - essence and accidents of software engineering))』(フレデリック・ブルックス/1986)から拝借しました。

ソフトウェアエンジニアには有名な古典的論文なのだそうです。

この論文と、同氏の著書『人月の神話-狼人間を撃つ銀の弾はない』には、「ブルックスの法則」と呼ばれる警句が記されています。

ブルックスの法則:遅れているソフトウェア・プロジェクトに人員を投入しても、そのプロジェクトをさらに遅らせるだけである。

そして、ブルックスはその法則が成り立つ理由を以下のように分析しています。

ソフトウェア・プロジェクトに人員を追加すると、全体として必要となる労力が、次の3つの点で増加する。すなわち、再配置そのものに費やされる労力とそれによる作業の中断、新しい人員の教育、追加の相互連絡である。

元々はソフトウェアの開発環境に関する論文・著作ですが、この法則と成立理由は、そのまま保育所や認定こども園などにも当てはまるのではないでしょうか。


保育実践の場で、ブルックスの法則を考えてみると

1.新規採用職員が、保育の質の向上に貢献するまでには、時間がかかる

保育は「誰にでもできる仕事」と謂れのない謗りを受けることもあります。

しかし、少なくとも「質の高い保育」は、高度の専門性を要求される複雑な作業の組み合わせです。

新たに採用された職員は、資格を所持することで基本的な資質を担保されていたとしても、施設ごとに異なる理念を学び、環境に合わせた具体的な手法の訓練を受ける必要があります。

つまり、新人を採用する際には、初任者教育のためにリソースを割かなければなりません。


2.タスクの分解可能性には限界がある

清掃・消毒などの分解可能性の高いタスクならば、人手を増やすことでタスク全体の所要時間を短縮できます。

保育分野の業務改善などの文脈で、保育者が周辺業務にリソースを割かなくても済むように保育補助者を活用しようと提言されることが多いのはこのためです。

しかし、保育の根幹であるところの子ども理解に基づくカリキュラム・マネジメントや、ラポール形成が前提の保護者支援は分解可能性が低く、人員増強が所要時間の短縮にはつながりません。


3.職員の増加は、組織内のコミュニケーションコストを増大させる

ここが今回お伝えしたいことの中心です。

保育の実践においては、職員全員が(クラスや学年の区分はあるにせよ)同僚性を発揮して協働する必要があります。

しかし、その実現には、会話・対話・議論などを積み重ねて、関係を構築し、相互理解を深め、合意形成する必要があり、そこではコミュニケーションコストを負担しなければなりません。

上の図を見ると判るように、n人が協調して仕事を進めるためには、n(n-1)のコミュニケーションチャンネルを調整する必要があります。

したがって、コミュニケーションコストは、nの2乗のオーダーで増加するとされています。

単純にいえば、人数を2倍に増やすと、コミュニケーションコストを4倍負担することになります。


元々コミュニケーションコストが高い組織が人員を増やすと…

各メンバーがコストを下げることに主体的だから全体のコストが下がる

左の図のように、全体にコミュニケーションコストが低い組織では、所属する全員(大多数)がコミュニケーションコストを下げる(低い状態を維持する)ことについて、自覚的かつ主体的であることが殆どです。

それが業務の質を向上し、自らを成長させるためにも有効だと気づいているからです。

それは研修・OJTなどの職員教育の中で明示される他、職場の文化・風土として根付いており、メンバーは日常の業務を通じてそのように涵養されます。

こうした組織は、そもそも離職率が低く、一度に多数の新人が採用されることは少ないのですが、もしそうなったとしても既存職員が積極的に働きかけるので、初任者教育のタスクは分解可能性の高いものとなり、短期的にリソースを割くことでアジャストできます。


メンバー間のコミュニケーションコストに偏りが生じる背景・原因

しかし、右の図のようにメンバー間のコミュニケーションコストに偏りがあり、かつそれが常態化している状態は、各々のメンバーが主体的にコストを平準化していく意欲を支えたり、その方法を学ぶ仕組みが整っていないことを示しています。


まず、丸で囲まれたメンバーに注目してください。

この人は、全てのメンバーに対して感じるコミュニケーションコストが低く、また殆どのメンバーから見たコミュニケーションコストも低い人です。

このメンバーが、この組織のM機能(Maintenance function:集団維持機能)を中心的に担っていることは間違いありません。


次に、五角形で囲まれてるメンバーに注目してください。

この人は、右隣以外のメンバーに対して感じるコミュニケーションコストが高く、また丸印の人以外のメンバーから見たコミュニケーションコストも高い人です。

新人や、転職してきたばかりの中途採用者は、大抵このような状態からスタートします。


初任者教育や、中途採用者向けの馴化プログラムが整っている組織ならば別ですが、そうではないので、メンバー間のコミュニケーションコストが平準化できていないわけです。

また、コミュニケーションコストが高いメンバーは、新人指導などのチューター役を積極的に担うこともないので、丸印のメンバーのようなM機能の高い人に、その役割が集中し、結果としてその経験知は組織の共有財産になりません。


コミュニケーションコストが偏ったり、全体に高い状態を放置すると…

既存メンバーに「主体的にコミュニケーションコストを下げる(低い状態を維持する)意識・意欲」が希薄な場合、新人や中途採用者は孤立したり、浮いた存在になりやすく、そこへの効果的な支援も期待できないので、当然、早期離職が頻発します。


また、丸で囲まれたメンバーは、全方位的にコミュニケーションコストが低い人なので、コミュニケーション自体に負担を感じていません。

だからこそ、高いM機能を発揮するのですし、周囲もそれに依存します。

しかし退職や異動で、そのメンバーが居なくなってしまうと、どうなるでしょうか。

前任者に比べてコミュニケーションコストが高いメンバーが役割を引き継ぐことになり、そこには重い負担がのしかかることになります。

それは、徒労感を強め、組織に対するエンゲージメントを下げるので、これを放置することも離職を誘発します。


人狼を撃ち殺す銀の弾丸は存在しない

そして、右図のような状態になってから、新規採用者を配属したとしても、さらにコミュニケーションコストが増大して、破綻に近づく一方なのは誰の目にも明らかですよね。

このように、元々コミュニケーションコストが高い組織が、それを改善しないまま人員を増やすと、逆効果になる可能性が高いのです。

現場から人員増強を要望されても、それを回避し続ける運営者は、経験的にそれを知っているか、本能的に察知している場合があります。


コミュニケーションコストを下げるためには、物理的にも時間的にも心理的にも余裕が必要で、そこには人員の増強は不可欠です。

でも、一時に大幅な増強を行っても無駄なばかりか、おそらくは状況を悪化させます。

一歩一歩、じわじわと改善していくしかないのです。


つまり、人狼を撃ち殺す銀の弾丸(魔法のように、すぐに役に立ち職場の人間関係を改善したり、保育の質を向上させるような特効薬)は存在しないのです。

前回のブログ(コミュニケーションのコストについて考えてみよう)で、組織・個人別の「コミュニケーションコストを上げる要素」についても解説すると書きましたが、長くなりすぎたので次回に見送ります。


参考及び引用した論文・文献

『銀の弾などない-ソフトウェアエンジニアリングの本質と偶有的事項( No Silver Bullet - essence and accidents of software engineering))』(フレデリック・ブルックス/1986)

『人月の神話-狼人間を撃つ銀の弾はない』(フレデリック・ブルックス/1975)


代表:中村章啓(なかむらあきひろ)

保育士。社会福祉法人柿ノ木会野中こども園・副園長。

日本大学芸術学部映画学科を卒業後、雑誌編集プロダクション、地方公務員等を経て、平成12年(2000年)から、野中保育園(現・野中こども園)に勤務。平成30年(2018年)から現職。

保育コミュニケーション協会認定ファシリテーター講師。


主な研究業績

保護者会事業との連携を通じたラポール形成(日本保育学会〈大会ポスター発表〉/2012)

写真を活かしたドキュメンテーションの可能性-その作成と効果的な活用-(日本乳幼児学会〈大会自主シンポジウム〉2015)

ドキュメンテーション作成を通じた保育者・保護者支援(日本保育学会〈大会ポスター発表〉/2016)

ドキュメンテーション作成を通じた保育者・保護者支援(2)-動画ドキュメンテーションを活用した園内研修-(日本保育学会〈大会ポスター発表〉/2018)

ドキュメンテーション作成を通じた保育者・保護者支援(3)-ICTを活用した共有と計画への展開(日本保育学会〈大会ポスター発表〉/2019)

保育の質向上を目指した取り組み(日本保育学会〈大会ポスター発表〉/2019)※共同研究

認定こども園における組織としてのカリキュラム・マネジメント(日本保育学会〈大会自主シンポジウム〉/2019)

ドキュメンテーションを活用したカリキュラム・マネジメントの展望-職員の負担を増加させない導入・定着・展開の考察-(幼児教育実践学会〈ポスター発表〉/2019)

保育に写真記録を取り入れることで見えてくること変わること-立場・手法・方法の違いを越えて-(日本発達心理学会〈ラウンドテーブル〉/2019)

保育の質向上を目指した取り組み②-写真記録へのアプローチからみる課題認識-(日本保育学会〈大会ポスター発表〉/2020)※共同研究

写真を活用した保育記録の意義と目的の明確化-導入・定着の経過での気づきを活かすために-(中国四国教育学会/〈大会自主シンポジウム〉/2020)

ドキュメンテーション作成を通じた保育者・保護者支援(4)-取り組みにおける負担感・困り感の変化に関する考察-(日本保育学会〈大会ポスター発表〉/2021)

保育の質向上を目指した取り組み③-写真記録の質と対話の質に着目して-(日本保育学会〈大会ポスター発表〉/2021)※共同研究


事例発表・話題提供等の実績

子どもが子どもである保育をつくっていく挑戦-これまでの園の文化を継承しつつ、変わること-(子どもと保育総合研究所〈子どもと保育実践研究会冬季セミナー・シンポジウム話題提供〉/2015)

心とからだが動きだすとき-子どもをヒトとしてみる。子どもがみているものをみる-(こども環境学会〈合同セミナー・シンポジウム話題提供〉/2016)

子どもっておもしろい! 保育って楽しすぎる!!(九州保育三団体青年部研修会/2016)

地域への連携・発信-リーダーとしての役割-(全私保連青年会議特別セミナー/2017)

質の向上(保育実践)B(全国認定こども園協会・ステップアップ研修会Ⅰ/2018)

認定こども園における保育実践と子育て支援(日保協認定こども園セミナー/2019)

子どもの興味関心に即した質の高い保育の探求-写真記録、カリキュラム、保育者集団の育ち合い等を通して-(子どもと保育総合研究所〈夏季全国大会・シンポジウム話題提供〉/2019)

誰が何のためにデザインするのか- Betwixt and Between -(九州保育三団体青年部協議会研修会/2020)

質の向上(保育実践)B(全国認定こども園協会・副園長(教頭)ステップアップ研修会Ⅰ/2021)

ドキュメンテーション活用できてますか?-保育現場での活用実践例-(臨床育児保育研究会/2021)

保育所における業務負担軽減と業務の再構築に向けて-保育の質を支える職場のコンディション-(厚生労働省〈保育分野の業務改善に関する研修会・話題提供〉/2022)


研修・講演等の実績

子どもが子どもとしてある環境-記録の共有を通じて保育を見直す試み-(白梅学園大学・白梅保育子ども学研修講座/2016)

子どもが子どもとしてある保育の構築-保護者とのラポール形成に寄与し得る情報提供のありかた-(横須賀市公立保育園・園長会/2016)

対話をつなぐドキュメンテーションとは-保育をひらく、保育を楽しむ-(横須賀市・公立保育園集合研修/2016)

ドキュメンテーションを通じてみえてくるもの-誰に何がみえてくるのか-(長泉保育の会/2016)

子どもをヒトとしてみる-保育を心から楽しむために-(湖西市保育士会/2017)

あそびから学びが生まれる園庭環境-子どもへの Tune in から始める-(RISSHO KID'S きらり職員研修会/2018)

子どもが面白がっているものを面白がる-保育・教育の理念と環境-(栃木県民間保育園連盟・青年会議部視察見学研修/2020)

保育の面白さって、どこにある?-子どもは何を面白がっているのか、大人は何を面白がれるのか-(長泉保育の会/2020)

コロナ禍の保育現場で見えてきた子ども達の心の変化とケア(TIS主催・保育士向けオンライン勉強会/2020)

写真を使った保育の見える化-見える、わかる、語る、変わる-((一社)福岡市保育協会青年部研修会/2020)

保育を楽しんで何が悪い?- 保育を語るって JUST FUN! -(いわら保育園職員研修会/2020)

語り合いを/が支える写真記録-みて、感じて、語る。語って、気づいて、変わる-(マ・メール保育園職員研修会/2020)

対話を導くドキュメンテーション 3回講座(ウメハナチャイルドケアコミュニケーションズ/2021)

ドキュメンテーションはじめました …のその前に(すみのえ幼稚園職員研修会/2021)

ドキュメンテーション活用できてますか?-試行から活用まで-(すぎのこ保育園職員研修会/2021)


講義(主にゲストスピーカー)の実績

就学前サービス経営論(浜松大学/2008~2011)※非常勤講師として

子どもとファンタジー(相模女子大学・子ども学入門/2009)

教育の制度と経営・比較就学前サービスシステム論(浜松大学/2012~2015)※学外講師として

ちいさなヒトのとなり-おおきなヒトの対話から生まれるもの-(東洋大学ライフデザイン学部/2016)

おおきなヒトの対話的な学び-ちいさなヒトの主体的・対話的で深い学びを支えるために-(秋草学園短期大学・幼児環境特論/2017)

ちいさなヒトのとなり-おおきなヒトの対話から生まれるもの-(秋草学園短期大学・保育内容総論/2017)

ドキュメンテーションの実践例-観察するたのしみ・記録するたのしみ-(静岡県立大学短期大学部/2018)

子どもの見ている世界を見る-保育の面白さと、保育者に求められる専門性-(常葉大学/2018)

子どもが見ている世界を見る-教育・保育の楽しさに、どのようにして保育者は気付くのか-(日本女子大学・教職実践演習/2018)

子ども主体の保育実践は本当に子どもの力を育むのか-子どもが面白がっているものを面白がる-(静岡県立大学短期大学部/2019)

子どもが面白がっているものを面白がる-教育・保育の楽しさに、どのようにして保育者は気付くのか-(日本女子大学・教職実践演習/2019)

子どもの主体的な活動と写真記録-子どもたちの「面白い!」を保育者も面白がりたい-(秋草学園短期大学・保育教育課程総論/2020)

環境と通して行う教育・保育(日本女子大学・教職実践演習/2020)

写真を活用した保育記録と働き方改革-対話を導く・対話を支える-(東洋大学・子どもの理解と援助/2021)

語り合い、育て合う、たのしみとよろこび-保育施設過剰時代を見据えた働き方改革ー(東洋大学・オンラインライブ保育講座/2021)

語り合い、育て合う、たのしみとよろこび-「面白そう!」「やってみたい!」をたのしみながら実現するために-(日本女子大学・教職実践演習/2021)


主な著書・寄稿

保育におけるドキュメンテーションの活用(ななみ書房/2016)※共著

育てたい子どもの姿とこれからの保育(ぎょうせい/2018)※共著

幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿(東洋館出版社/2018)※共著

領域「環境」の理論と実践(七猫社/2019)※共著

保育内容総論(ミネルヴァ書房/2020)※共著

保育・幼稚園教育・子ども家庭福祉辞典(ミネルヴァ書房/2021)※項目執筆担当

子どもの理解と援助(北大路書房/2021)※共著

保育リーダーの教科書(中央法規出版/2021)※協力(コミック脚本・コラム担当)



この度は、当ラボのサイトをご訪問いただきありがとうございます。

代表からのご挨拶に代えて、当ラボの設立趣意をご紹介いたします。


子どもにとっての安全で豊かな生活環境(実践(プロセス)の質)

職員にとっての働きやすさ(条件の質、労働環境の質)

施設管理者にとっての運営の安定(職員確保、職員のエンゲージメント、園児の確保、保護者との良好な関係構築)

幼保連携型認定こども園(当初は保育所)の運営に20年以上携わってきた者の実感として、上記の「保育のコンディションの3要素」はトレードオフ(何かを得ると別の何かを失う、相容れない関係)ではなく、互いに支え合うトラス構造だと捉えています。

しかし一般には、「働き方改革の推進=保育の質の低下」や「施設経営の安定を優先=職場のブラック化」といったイメージが根強く残っています。

また、「ICTを導入してみたものの、業務負担はますます増えた」とか「ドキュメンテーションに取り組んではみたけれど、保育の質につながるようには思えない」といった声も、しばしば耳にします。
その背景には「保育のコンディションが悪いことに無自覚な(あるいは、あえて目をそらした)まま、新しい取り組みに手を出し、ますますコンディションを悪化させる」という悪循環があります。

自園の保育のコンディションを確認し、望ましいバランスに調整することで、取り組みは本来の効果を期待できるようになります。
そこに必要な、知識( knowledge )、技術( skill )・手法( method )、意識・精神( mind )などについて研究し、そこで得た成果を共有していくことを目的として、この保育コンディショニングラボを設立いたしました。

令和4年(2022年)1月1日
保育コンディショニングラボ 代表 中村章啓


A.会議・報告会・検討会などが近づくと職場の雰囲気が暗くなる

B.ヒヤリハットが集まらない

C.保護者対応等のトラブルが、深刻になるまで共有されない

D.あらゆる意思決定に時間がかかる


あなたが所属している保育所・認定こども園には、上のA~Dのような傾向がありませんか。

これらは、コミュニケーションコストが高い組織が呈する、ありがちな症状です。


次に、あなた自身の職場における振る舞いについて、お尋ねします。


E.自クラスのリーダー(直属の上役)ではなく、仲のよい先輩に相談してしまう

F.新人とチームを組んだり、実習生の指導を任されると憂鬱になる

G.自分の気持ちや考えを、職場で聴いてもらう機会がなく不満が募る

H.自分だけ情報から取り残されていると感じることがある


ご自身の行動や思考・感情の動きを振り返ったときに、E~Hの中にあてはまるものはないですか。

これらはコミュニケーションコストが高い人が、対人関係において抱えがちな問題です。

あなたにこうした傾向が見られるならば、あなた自身、または仕事のパートナー(あるいは職務を遂行するチームのメンバーの誰か)のコミュニケーションコストが高いということです。


ところで、そもそもコミュニケーションコストとはいったい何なのでしょうか。


コミュニケーションコストとは

コミュニケーションコストとは、「情報を伝達したり、意思を疎通する際にかかる時間・労力・負担感」のことです。


例えば、あなたが勤務する保育園が、幸いにもコミュニケーションコストが低い組織だったとしましょう。

あなたが保護者から受けた小さな要望と、それに対するあなたなりの解決策の提案を園長に伝えようとしたときには、簡単なメモ一枚で済むことでしょう。
(その提案が採択され実行に移されるまでに必要な手続きとは、また別の話です)

しかし、コミュニケーションコストが高い組織では、そう簡単には済まないのです。


コミュニケーションコストが高い組織が抱える厄介な問題

◇誰に相談してよいのか判らず、周囲に訪ね歩く

組織内で情報が公開・共有されていないことが第一の原因です。

先述した例では、「日常的で軽微な報告や提案はメモでよい」「クラスリーダーや主任をスキップして、園長に直接伝えてもよい」というルールが全ての職員に共有されていることで、コミュニケーションコストが低く抑えられている(という設定)ため、不安や迷いを抱くことなく行動を選択できています。

しかし、報告や相談の相手先や手順・手法・様式などが明確に定まっていなかったり、公開・共有が行き届いていない組織では、まったく別の状況が生じます。

何らかの課題が表面化する都度、「いつ・どこで・だれに・どうやって」相談すべきかを検討するという、課題解決の本質とは全く無関係な余計な仕事を、まず片づけなければなりません。

それが繰り返されたとき、「(課題に)気づかなかったことにしよう」という考えが頭をもたげてきたとしても不思議ではありません。

冒頭で尋ねた「B.ヒヤリハットが集まらない」「C.保護者対応等のトラブルが、深刻になるまで共有されない」などは、この問題が常態化した結果、表面化してくるものと考えられます。


◇新しく決まったことが周知されず、修正や説明で時間がとられる

新型コロナウイルス感染症が急速に拡大し始めた時期に、この問題を通じて、コミュニケーションコストの高さを露呈した自治体や法人が多かったはずです。

周辺の同規模の組織が次々に具体的な施策を打ち出しているのに、身動きが取れず右往左往するばかり。現場の職員は市民・利用者に何を言われても「すみません。まだ何も決まっていません」と答えるしかなく、困惑するばかりだったことでしょう。

未知の感染症への対応であれば、ある程度の混乱は致し方ないことかもしれません。しかし、日々の業務の根幹部分にこの問題が横たわっていると、あらゆるリスクマネジメントが遅滞します。

また、職員の不安や徒労感が増大し、意思決定機関に対する不審を募らせるため、「A.会議・報告会・検討会などが近づくと職場の雰囲気が暗くなる」「D.あらゆる意思決定に時間がかかる」といった問題が水面下で深刻化するのです。


人員の増強は、実は逆効果…?

近年、保育業界では「対話を重視しよう」「対話の質を向上させよう」というムーブメントが起きています。(対話が重要、でもそもそも対話とは…? をご参照ください)

この動きそのものはとても大切で、ぜひ全ての保育・幼児教育の実践の場で推進していってほしいものです。

また、対話の場・機会としてのノンコンタクトタイムの確保や、対話について学んだり訓練したりする機会としての現職研修の充実も重視すべきでしょう。

そして、そのためにはまず、配置基準ギリギリではなく、余裕をもった職員数を確保することも必要なステップです。

しかし実は、人員の増強はコミュニケーションコストを上げてしまうのです。

その理由と、組織・個人別の「コミュニケーションコストを上げる要素」については、次のブログで解説します。


◆保育の実践(プロセス)の質の向上に不可欠なもの…

◆働きやすくて、働き甲斐にあふれた職場づくりに重要なもの…

◆安定した施設運営に欠かせないもの…

全てに共通する答えが「対話」です。

しかし、そもそも対話にはどんな目的があり、どのような道筋を辿るものかが曖昧なまま、「対話が重要」「対話の質を向上しよう」という号令めいたメッセージばかりがひとり歩きしている印象がありませんか。

たとえば、会話や議論とはどのような違いがあるのでしょうか。


議論とは、対話とは、会話とは

◆議論( discussion )

●目的:結論を導く(合意の形成、問題を解決する)

●道筋:各々の立場・視点から異なる意見をぶつけ合い、最良の意見を選び取る、または創り出す。

●終着:折り合いがつかない場合は、説得と譲歩を繰り返し、妥協点を模索していくケースが多い。


◆対話( dialogue )

●目的:相互の理解を深めること(探求・発見し、それらを共有する)

●道筋:相互に意見を聴き合い、伝え合う。

●終着:無理に合意形成する必要はなく、それぞれが発見したものが違っていてもよい。


◆会話( conversation )

●目的:関係を築くこと(情報の交換・情動の交流)

●道筋:論点や道筋を気にせず、情報や気持ちを交換し、関係性を深める。

●終着:対立や葛藤をできるだけ回避し、話を繋ぐ。


ファシリテーションを学ぶと、議論・対話・会話は上記のように整理されていると説明されます。

言葉の定義は様々に為されるものですが、当ラボにおいては、特に断りのない場合は、上記の定義に基づいて「議論」「対話」「会話」という用語を用います。


なぜ対話が重要視されるのか

近年、保育の質の向上、保育の魅力発信、保育分野における業務改善などの文脈で、「対話を重視」「対話の質を向上させる」といった表現が多く用いられるようになっています。

中でも、保育の質の向上に関する話題では、その傾向が顕著です。

おそらくその理由は、保育の質を一定・一律の指標によって評価することが非常に困難だからです。

また、保育の質の向上には、カリキュラム・マネジメントの充実が必須ですが、その根幹である子ども理解もまた、対話によって客観性と妥当性を付与していく必要があります。

なぜなら、子どもが何に興味を持っているのか、周囲のヒト・モノ・デキゴトと関わり合いながら、何を感じたり・気づいたり・考えたり・表現したりしているのか、それらを捉える保育者の視点にはどうしても主観が入り込むからです。

同じものを見て(聴いて)、あるいは同じ記録を読んでも、それぞれの保育者の感じるもの、考えることには違いがあり、その違い故に子ども理解には奥行きが生まれます。

そのためには、違いを許容し、また尊重し合うという了解のもとに対話を積み重ねることで、職場内に心理的安全性が確立されることが大切です。


しかし対話を学ぶ機会は保障されない

実のところ、対話の機会や、それ以前に会話の機会も満足に保障されていない施設の方が多いのが実情です。

そんな状況下で、保育計画やケース対応などのための合意形成ばかりが繰り返されると、精神的な疲労は蓄積するのはもちろんのこと、会話による関係構築や対話による相互理解の大切さについて学ぶ機会も失われます。

会話→対話→議論という積み重ねを建築に例えるとすれば、基礎を造らず、柱も立てず、いきなり屋根を葺こうとすることに似ています。

無理が生じて当然ですよね。

対話を学ぶ時間を捻出するためにも、まずは手厚い人員配置を実現させたい。当然、そんな考えに至ることでしょう。

でも実は、人員を増強したことが却って対話を学ぶ時間の捻出を難しくしてしまうこともあるのです。

次回のブログ『コミュニケーションのコストについて考えてみよう』で、その辺りを解説します。